堅木屋さんのひとりごと
バックナンバー1
(2002.4.27〜2006.5.28)

34.かえるの合唱2年目 33.連休返上 32.原木の探しかた 31.作り手と使い手
30.師走 29.堅木山 28.認知症予防 27.薪ストーブは
 環境にやさしい?
26.かえるの合唱 25.一寸先は闇
24.やきいも 23.山師、池田義信 22.祖父逝く 21.高気密高断熱住宅 20.トラックお願い 19.暑い!
18.一杯のかけそば 17.薪ストーブ体験 16.二本の煙突 15.皆さんありがとう 14.火星ブーム 13.幻の薪ストーブ
12.C型肝炎に克つ 11.夢のマイホーム 10.森林バイオマス 9.今も昔も堅木屋 8.かしぐね 7.木工大好き
6.椅子の美術館 5.そりになったブナの木 4.いろんな木に囲まれて 3.憧れの薪ストーブ 2.炭焼体験 1.薪のある暮らし

ひとりごと バックナンバー 1 2


34.かえるの合唱2年目
 今年もかえるの合唱を聴く季節となりました。周りは宅地化がどんどん進んでいますが、なぜか我が家の並びの両隣は元気に田植えを続けておられます。昨年は、慣れないかえるの大合唱に頭を悩ませていましたが、どうしてか今年はほとんど気にならずスヤスヤと寝入ることができました。慣れでしょうね。そして、今年はツバメも巣を作りはじめて、朝はその元気な鳴き声で目を覚ますことがしばしばです。そのツバメは、私たち家族を警戒するふうでもなく、いつもカーポートの角っこにとまってこちらを向いて「ピーチクピー、クチュクチュクチュ」と話し掛けてくれます。その話を娘が保育園で先生に伝えたらしく、「ツバメが巣を作ったら、その家は幸せになるんやって(^。^)/」と話してくれました。朝ツバメと顔を合わせると、「幸せって、何事もないこと、平穏無事であること、かな・・・。」と思う今日この頃です。
(2006.5.28)

33.連休返上
 今日はこどもの日。でも、私たちのように広葉樹を製材するところは、たいがい連休返上で仕事をしています。冬に仕入れた原木が、日照りと乾いた風で一気に割れてくるからです。また、6月になって梅雨に入ると、原木のまま置いておくと、今度は湿気と雨のせいで材の色が変わってきます。広葉樹は、杉やヒノキのように一年中伐採できて製材できるものではなく、やはり冬の材が最高の品質となります。これは、薪の原木にも同じことが当てはまります。昔は、冬と春に製材をして夏と秋は魚釣りや野良仕事で十分賄えたらしいですが、今はなかなかそうはいきません。子供たちには申し訳ないと思いますが、原木が片付いたらどこか好きなところに連れていってあげる、ということで納得してもらっています。
(2006.5.5)

32.原木の探しかた
 今日は調子がよいので、もひとつ更新です。
ときどき、原木や玉切り薪、生薪の販売について問い合わせをいただきますが、こちらではこれらの販売は行っておりません。といいますのは、生の状態では重いですので運賃コストが高くつきますし、なにより、生木には色んな虫が棲息していますので、森林生態系のことを考慮すると、あまりよいことではないと思います。そこで、今回は原木の見つけかたを書いてみます。もし原木から集めたいということでしたら、森林環境に配慮して、できるだけ近辺から調達することをお勧めします。森林組合で「薪にしたいので雑木(ザツボクまたはゾウキ)を伐採しているところがあれば教えてほしい」と頼めば、教えてくれると思います。軽トラで3回も運べば十分1年分は賄えると思います。ちなみに、ナラやクヌギは1m3(1立方メートル)が1トンになりますので、原木の重さがわからなければ半径×半径×3.14×長さ(m3)が1本の重さ(トン)になります。軽トラは積載が350kgですが、500kg載せてもよっぽどの坂道でなければ走れます。チップ工場も利用できると思います。また、街路樹を伐採している現場を見つけたら、それが国道脇なら最寄の国土交通省出張所に、府道なら府の出張所に、市道なら市に問い合わせると誰に頼めばよいかを教えてくれます。ただ、私の知っている人で、剪定業者(造園)と仲良くなったはよいけど、あれもこれも持ってこられて困ったことがあると言っていました。剪定業者は処分に頭を悩ませていますので、そこらへんの事情も頭の片隅に置いて行動されることをお勧めします。
(2006.2.26)

31.作り手と使い手
 今年もシーズン中は更新が出来ませんでした。2ヶ月振りの更新です。
このインターネットを介しての薪の販売というのは、よく考えてみると、作り手である私たちと使い手であるお客さんが、大変近い距離にあります。それも、シーズン中は毎日のように直接手にとって使われるものですので、「品質」=「人間性」と捉えられそうで、すこし怖いような気もします。良く燃えるときは「出立さん、よい薪送ってくれたなあ。」と感謝されるかもしれませんが、あまり燃えがよくない日は「出立さん、だめじゃない!」と思われながら使われることもあるでしょう。
大変な苦労をして山から木を出してくれた山師のみなさんのためにも、これからも、毎日使って喜んでもらえる薪を作ってゆかなければならないぞ、と改めて自身に戒めています。
(2006.2.26)

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30.平成17年師走
 今年もあとわずかとなりました。「師走」とは、「師匠も走り回るほど気ぜわしい」という意味だそうです。いつもならこの時期は「あれもせな、これもせな、」と気ぜわしいのですが、今年は季節はずれの大雪で、雪かきだけでもうくたくたです。幸い、薪は大雪前に完売しましたのでほとんど出荷には影響しませんでしたが、来年以降、年越しまで在庫があるとすると、保管の方法をよく検討しなければ、と思案しています。
さて、この冬もすでに来シーズン用薪の原木調達、薪割りにとりかかっています。以前は木材市場からの仕入れがほとんどでしたが、最近は、工事に伴う伐採現場でもまめに声をかけて原木の足しにしています。こういう場合は、「すべて引き取る」のと「その場で現金決済」というのが相場で、あれやこれや言っているとそっぽを向かれます。また、値のつけ方もいろいろで、一本一本材積を計らせてくれる現場や、「原木一山いくら」という大雑把な現場もあります。最近は一山買いにもなれてきましたが、はじめのうちは持って帰ってから測定すると考えていたのよりかなり少なかったということもしょっちゅうでした。現在50〜60トンくらいのナラやクヌギが集まっていますが、来シーズンはレパートリーを増やして、シーズン前半と後半のそれほど寒くないけどちょっと火がほしい、という時期に燃やす薪を考案中です。比重が0.6〜0.8程度でナラ・クヌギ以外の広葉樹とし、長さはほとんどのストーブに入る36cmを考えています。火持ちと火力は堅木には劣りますので、価格は落として販売する予定です。具体的な商品ができましたらまたHPにアップします。
薪をお買い上げいただいたお客様、また、HPを訪問していただいた方、本年はお世話になりました。無事4シーズン目を終えることができました。
皆様、どうぞよい年をお迎え下さい。
(2005.12.23)

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29.堅木山
 薪の販売を初めてから、この冬で4シーズン目になります。その間、ほんとうに多くのお客様と出会うことができました。薪ストーブ用に使われる方だけでなく、林間学校で飯盒すいさんに使いたいというグループ、店舗の飾りや写真の背景に使用したいという企業の方、お風呂の薪ボイラー用にという方、その他色んな使い道があるんだな、と感心しています。考えてみれば、これまでに、トータルして何百トンという薪をこのような色んな形で搬出してきたわけですが、以前から「消費するだけでなく、少しだけでも原木から育ててみたい。」と思っていました。石油や原子力は自分で原料を作ることはできませんが、木を育てるには、山とドングリさえあれば出来そうじゃないですか?出荷する薪の全ての木を育てるのは不可能ですが、薪を使う方も、「切って消費するだけでなく、ちゃんとそのあと育ってきているんだ。」と考えると、安心して薪で暖をとっていただけると思うのです。『Aさんのナラ』、『Bさんのカシ』『Cさんのクヌギ』というふうに決めておき、毎年「こんなに育ちましたよ。」とお知らせします。そして、木が成長して立派な『堅木山』になったとき、一同に会して薪ストーブの話に花を咲かせ、『我が木(わがこ)』に花を咲かせていただくのです。一年先二年先の話でなく、数十年先の話になるかもしれません。本当に気の長い話ですが、『木が長く』なるのを待つには、『気が長く』ないといけないということですね。
『堅木山に花を咲かす』。それが、私の希望であり夢なのです。
(2005.9.28)

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28.認知症予防
 「ぼけ」「痴呆症」と呼ばれていた脳症も、「認知症」と呼ばれれるようになって久しいですが、最近、認知症防止も兼ねて、昔趣味としていたピアノの練習を再開しました。街で偶然師匠にであったのが再開したきっかけですが、成人してから何回かピアノコンサートに行く機会があり、何百という聴衆の前で、ピアノという楽器を通して自己表現できるなんて素晴らしいことかと思えるようになっていました。記憶に残る演奏会の一つは、中村紘子さんのコンサートです。演奏はもちろん迫力があり、素晴らしいものでしたが、舞鶴という地方の一会館で行われたこともあり、小さな子供がいたり聴衆がざわざわしていたりとあまりマナーが良くなく、中村紘子さんが聴衆をにらみつけてようやく会場が静まり、演奏が始まったのを覚えています。もう一つは、ショパンコンクールで優勝したスタニスラフ・ブーニンのコンサートです。朝の4時ころから起きてチケットを買った甲斐があり、すぐ目の前で演奏を聴くことができました。驚いたのは、遠くやテレビでみただけではわからないのですが、強打の場面では何か掛け声をかけながら演奏しているのです。そして、穏やかな曲調の場面では微笑みを浮かべ、何かをささやきながら・・・。昔は、楽譜の通り、師匠の言うとおりに弾くのがベストだったのですが、ブーニンの演奏を聴いてはじめて、「『気持ちを込めて』弾く」ことの素晴らしさを実感しました。
現在は、3月頃に催される演奏会に向けて、ベートーベンの三大ソナタの一つ「月光」を腕をつらせながら練習中です。常に指を一杯に開きながらの演奏ですので、薪割りと同じ位腕の運動になりそうです。
(2005.8.22)

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27.薪ストーブは環境にやさしい?
 薪ストーブの良いところは、いろいろあると思います。炎に癒される、室内空気を浄化してくれる、遠赤外線効果で身体の芯から暖まる等々、電気や灯油などの暖房器具では味わえない良さがたくさんあるでしょう。私も体感しましたが、ほんとに素晴らしい暖房器具だと思います。ただ、『薪ストーブは再生可能な森林資源を有効利用する環境にやさしい暖房器具です。』といううたい文句には、ちょっと首をかしげてしまします。もし、薪ストーブが環境にやさしいからといって、世界中で薪ストーブを使いはじめたらどうなるでしょうか。地球上の森林がなくなるのは自明なことです。事実、カナダでは薪ストーブの使用が制限されつつあり、替わってガスストーブが普及してきています。そうではなく、環境という観点から述べるなら、『消費エネルギーの分散に貢献』という意味合いの方が強調されるべきだと思います。つまり、全て電気、全て灯油ではなくて、電気を使う家庭があり、灯油を使う家庭もあり、中には、薪を暖房エネルギーに使う家庭もあり、色んなエネルギーの消費方法があるからこそ、ある程度エネルギーの消費バランスが保てるのです。最近実用化されてきたペレットストーブや風力発電も素晴らしいエネルギーだと思います。
 極論を言えば、タイトルの『薪ストーブは環境にやさしい』というのは、周辺に薪炭林すなわち「里山」がある人が山を手入れしてでてくる木を何の化石燃料も使わずその場で薪ストーブを使ってはじめて成り立つことであって、「薪ストーブは環境にやさしいですよ!」といって薪ストーブを売るのはどうかな?って思うわけです。
 「じゃあ、なんで堅木屋さんは薪を売っているの?」と不思議に思われるかもしれませんが、私は決して「薪ストーブを使うことは環境にやさしい」というポリシーのもとに薪を販売しているのではなく、あくまで、木材業という業態の中で、「無駄を無くしたい」という気持ちが根底にあります。事実、このHPのどこをのぞいても、「環境にやさしい」とは一言も書いてないと思います。薪の基本形は、家具や木製品にならない節の部分や虫穴、枝分かれの部分で、製材のあとが多いのが特徴です。専用に原木を仕入れたとしても、紙の原料にしかならないものがほとんどです。また、近くのお客さんのところには、皆様に無理をお願いして、できるだけ環境に負荷をかけないよう、できるだけ効率良くお届けできるよう、混載して運送しています。
 エネルギーに限らず、世の中全てが多様化し、何が良くて何が悪いのか判別しにくい時代ですが、環境に関しては、良い悪いは別にして、「今あるものを大事にする」という気持ちが大切で、ひいては、それが「今を大事にする」ということにつながってゆくのではないでしょうか。
 少し硬い話になってしまいましたが、しょせんひとりごとですので、耳ざわりだった方は適当に聞き流しておいてください。
(2005.7.27)

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26.かえるの合唱
我が家は、東西両隣を田んぼに囲まれています。最近、夜7時くらいから、かえるの合唱大会が始まります。よく聴いていると、不定期に「グワ」「グワ」と鳴くカエル1匹と、「ゲコゲコゲコ」と大合唱するグループと、延々と「カ、カ、カ、カ」と鳴くリズム取りのような役割をするカエルがいるようです。すぐに、「かえるのうた」を思い出しましたが、うまく言い当てているなと感心しました。さらに、カエルも1種類ではないらしく、こっちで合唱、あっちでも合唱と、輪唱がエンドレスに続きます。思えば、子供の頃はここら辺りは見渡す限り田んぼが広がっていて、理科の実験で使うためのカエルを買い物袋一杯に詰めこんで自慢げに生物の先生に渡してみたり、秋には稲ワラの山にもぐってどろだらけになって遊んだりしたものですが、今では宅地化が進み、田んぼがどんどん減ってしまいました。西隣の田んぼも、秋には埋め立てられて宅地になる予定です。そんなことも知らされず、今夜もカエルたちは鳴きつづけます。
(2005.6.23)

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25.一寸先は闇
最近、恐ろしい、考えられないような痛ましい事件・事故がほんとに多いような気がします。身も知らぬ小さな子供の頭をハンマーで剛打したり、同じ生身の人間を殺害し、細かく砕いて海や山に遺棄したり、列車事故で多数の人名が奪われたり。被害に遭われた方も、皆、朝には「行ってきます!」と元気に家を出たはずなのに、次に家族が対面したときは、ケンカもできなくなってしまうなんて、あまりにも気の毒です。こういう事件や事故を耳にするたびに改めて思います。「一寸先は闇。だからこそ、何があっても悔いが残らないよう、一分一秒を大切に過ごさなくては・・・。」
(2005.4.27)

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24.やきいも
この前の日曜日、妻が仕事でしたので朝から子守りでした。近所にも小学校に入るか入らないかといった子供が数人いますので、午前中はその子たちと遊んでいましたが、午後からそれぞれ家庭の用事に出かけて行ったので、「よし、外で焼き芋をしよう!」ということになり、薪置き場で薪を燃やして焼き芋大会(といっても3人で3本だけ)をしました。細い焚き付けと細割りを順に組んで新聞紙で着火し、5分くらいたつと全体に火が回りました。そこへ、娘が「これは入れないの?」といって、石ころを持ってくるので、石焼芋にしました。さつまいもをアルミホイルで包み、炎が落ち着いてから熾きと焼き石の上にのせること約20分。「あちち!」とか言いながら、アルミホイルをめくると、適度に焦げた芋が姿を現しました。皮をむくと、黄色いほかほかの身からなんとも言えない香りが・・・。「いっただっきまあす」と口に入れると、甘味が口の中に広がる広がる!!薪ストーブを持ってる人って、いつでもこんな味が楽しめるんだな、とつくづく羨ましく思った午後でした。

(2005.4.20)

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23.山師、池田義信
先日、丹州木材共同組合の会合があり、いつも原木を持ってきてくれる池田というおじいさんと隣の席になりました。普段は、「おおきに。また持ってきてや〜。」というくらいしか話しませんが、お酒が入ったこともあって、林業に対する情熱を淡々と語ってくれました。その中で、ズシッと重みのある言葉がありました。「わしら、体張って木を切っとんや。命張って切っとんや。でだっつぁん、よう考えてみ?生きとるもんを切るんやで?猟といっしょや。足が有るか無いかの違いだけや。そこらへん、よう考えてわしの持っていった木を使てくれや。」
木を扱う者は、いつもこの言葉を思い出しながら取り組まなくてはならないと感じました。そして、薪ストーブの、暖かく優しい炎の陰に、そんな人間模様があることを知れば、さらに、薪で暖をとることの奥深さを感じとっていただけるのではないでしょうか。
(2005.2.7)

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22.祖父逝く
先月の20日、忘れもしない23号台風のさなか、堅木屋二代目の祖父武雄がこの世を去りました。享年91歳でした。1年ほど前から心臓を悪くしており、心臓弁膜症といって心臓が肥大する病気で、毎日欠かさず薬を飲む必要がありました。1日飲まないでいると、身体に水がたまり顔が浮腫んでしまいます。それでも、亡くなる当日まで自分で食事をし、用を足し、自分で薪で沸かした風呂の中で湯加減に満足しながら静かに最期を迎えたようです。最終的な死因は、心不全ということでした。葬式に参列した方々が亡骸を拝み、皆口を揃えて「良い顔しとってやわ。こんな風に死にたいわ。」と言われました。この死に様を見て、「僕もこんなふうに死ねるよう、精進せなあかんな。」とつくづく思いました。まさに、祖父の最期は『終わり良ければ全て良し』の諺どうりでした。
(2004.11.25)

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21.高気密高断熱住宅
配達先に何件か高気密・高断熱住宅があります。それらの家では、だいたいが薪の消費量は少な目のようです。つまり、一旦家の中が温まると、なかなか冷えにくい、逆に一旦冷えると温まりにくい、いわば保冷トラックの荷台のような感じだそうです。ただ、気密性も必然的に高くなりますので、例えば調理のため換気扇を回すと、家の中に薪の香りが漂うこともあるそうです。実は、夏に完成した我が家も高気密高断熱住宅にしました。残念ながら薪ストーブはありませんが、「クレダ」という深夜電力を利用した蓄熱式暖房器具があります。熱拡散の点では輻射熱伝播式薪ストーブと同じです。その構造は、夜間、電気で特殊なレンガに蓄熱し、日中放熱するといった簡単なものです。「設定温度何℃」といったものは何もなく、蓄熱量と放熱量を調整するダイヤルがあるのみで、非常にアナログな暖房器具です。いわば、薪ストーブで空気吸入量と薪の量を手動で調整するような感じではないでしょうか。とは言っても、まだ冬を迎えていませんので、どんなものかはわかりませんが、少なくとも、石油ファンヒーターのように、有毒ガスで頭が痛くなるということはなくなると思います。
ちなみに、私は知人の紹介で、『「いい家」が欲しい。』という本を参考に、地元の工務店さんに色々と相談して建ててもらいました。気密および断熱の方法について非常に詳しく書かれていますので、これから新築を考えておられる方は一度目を通されるといいかもしれません。
それから、気密の度合いにもよりますが、高気密住宅に薪ストーブを設置する場合、「外気導入型薪ストーブ」にしなくてはいけないそうですので、工務店さんや薪ストーブ屋さんとよく相談されることをお勧めします。
(2004.10.12)

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20.トラックお願い
今年も、いよいよ配達の時期がやってまいりました。配車のため、カレンダーと地図とメールとにらめっこする夜が続きます。この配達に欠かせないのが、少し目立ち過ぎのブルーのボディーの4トン車です。わが社のトラックは、イスズエルフの4トン車ですが、ボディーが小さめですので結構小回りが利きます。だいたい2トンダンプ(砂利や砕石を載せて、荷台が「ガー」っと傾くような車)が入れるところなら進入できるようです。このタイプのトラックはなかなか見つからないそうで、車屋さんに勤める叔父が、2年近くかけてやっと見つけてきてくれました。信頼できるインターネットオークションで入札して買うそうです。
1日中車を運転していますと、必ず1回か2回は事故現場に遭遇したり、「ヒヤッ」とすることがあります。配達に回る朝、いつもお願いします。「今日も一日よろしく!」

(2004.9.4)

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19.暑い!
今年の空梅雨には参ります。夏にもなっていないのに、はや夏バテで、少しきついドリンク剤を薬局で買って何とかしのいでいる有様です。でも、この暑さもひとつだけ有り難いことがあります。それは、もちろん「薪がよく乾く」ことです。昨年は冷夏でなかなか薪が乾かず、猛暑の中にも、薪の小口割れを見つけては少し元気を取り戻す毎日です。薪販売を始めておかげさまで3シーズン目を迎えますが、つくづく木を乾かすのは難しいと感じます。風通し、日照、基礎の湿度、薪を積む間隔、樹種による違い等々。限られた場所・期間で保管しなければならないので、工夫を必要とします。この3年間、寝ても起きても薪のことしか頭にない融通のきかないかたぎやさんですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

(2004.7.11)

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18.一杯のかけそば
雨の日曜日、今日は母の日で、母と妻の贈り物を買うついでに息子の散髪につきあってきました。待合室には色々と本・雑誌などがあります。その中から、「一杯のかけそば」という本を見つけました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、だいたい次のような内容でした。

―――昭和47年の大晦日の夜。そろそろ暖簾を下ろそうとしていた札幌市のそば屋「北海亭」に、10歳と6歳になる二人の男の子を連れた中年女性が入ってくる。
「 あの・・・・・かけそば、一人前なのですが・・・・よろしいでしょうか。 」
店の人は、ひと玉半ゆでて出す。母子は一杯の年越しそばを三人で分けて食べ、「 ごちそうさまでした 」と頭を下げる。
その背に主人夫婦が「 どうか よいお年を! 」と声をかける。

翌年の暮れにも三人はやってきた。 翌々年の大晦日の母子の会話から、店の夫婦は、一家の父が交通事故を起こし、八人にケガを負わせて亡くなっている事を知った。残された三人は、補償に追われ、兄が新聞配達、弟が家事手伝い、助け合って、やっとこの日、そのメドがついた事がわかる。それを聞いていたそば屋の夫婦は、厨房の隅で1枚のタオルの端で寄り添って涙を拭う。

その後、親子の姿は「 北海亭 」からふっと消える。
しかし、店では大晦日になると、三人が座るテーブルをあけて待つ。改装した時も、このテーブルと椅子だけは古いままにしておいた。
そして15年がたった。
その年の大晦日、立派になった二人の青年と和服の婦人が現れる。あの親子だった。
母親がこう注文する。
「かけそば・・・・・三人前なのですが・・・・・よろしいでしょうか。 」
店の主人夫婦の目がうるむ。
主人が大声を上げる。 「 かけ三丁 」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

感動の余り、すすり泣きしてしまいました。散髪屋さんで泣いているとおかしいと思われるので、息子に「お父さん、どうしたの?」と指摘される前に、急いでティッシュで涙を拭いましたが、いつまでも胸が一杯の状態が続きました。人間、一人で生きているようなつもりでいますが、実は、色んな人に支えられて生きていることを改めて教えてもらった気がします。(2004.5.9)

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17.薪ストーブ体験
久々の更新です。さすがに、11月以降は問合せの対応・配達等で更新がおろそかになってしまいます。
さて、今シーズン、薪を世話になっている方のお宅へ一泊させていただく機会がありました。ログハウス調のお家で築7年だそうですが、今秋待望の薪ストーブを設置されたそうです。無事施工が終わって薪を色々と探していたところ、こちらのHPにたどり着いたということでした。
 その日は、大阪・奈良方面へ6件分配達して回ったあと、奈良県の五条という街に原木を仕入れに行く予定で数日前から宿泊先を探していました。しかし、どうしても見つからないので、このお宅に「どこかトラックの止めれる宿泊先を知りませんか?」と問い合わせてみると、「ぜひうちに泊まって下さい。」と誘っていただいたので、お言葉に甘えて泊めていただいたという次第です。
 薪を降ろし終って居間に通していただくと、薪ストーブの中で炎が揺らめいているのが見えました。食事をしている最中にもご主人がストーブの中の薪をひっくり返したり、つっついたり、薪を足したり・・・。それは決して面倒な作業ではなく、愛しいペットの世話をするかのように私の目には映りました。「一度薪ストーブを体験するとやめられない」と言う言葉をよく耳にしますが、薪ストーブの持つ奥の深さがそう思わせる一つの理由なのかな、と実感することができました。
 お互いの仕事のこと、家族のこと、趣味のこと、云々。久々に同年代の人と呑み交わしてふと時計を見ると何と夜中の1時。「ぼちぼち寝ましょか。」というご主人の中締めに促され、消灯して床に着きました。部屋全体に広がる炎の反映は、あたかも原始時代にタイムトリップして、洞窟の中で焚き火をしている気分を味わうことができました。
(2004.2.15)

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16.二本の煙突

今日は、作業場から1時間半ほどのところにある原木市に行ってきました。そろそろ切旬がよくなりますので、結構たくさん原木が出品されていました。せりが終わって「さあ、和田山で木を積んで帰ろう。」と車のエンジンをかけると、近くの火葬場に亡骸を運んだ後なのでしょうか、目の前を霊きゅう車が横切って行きました。(誰か、近くの人が亡くなったんだな・・・。)と思いに更けながらトラックを走らせました。信号待ちでふと向こう側を見ると、二本の煙突から煙りが出ています。左側の煙突からは青白い煙りが、右側からは灰色の煙りが同じような勢いで出ていました。いつも、配達先で煙突を見つけるとワクワクするのですが、今日見つけた煙突、そしてそこから湧き上がる煙りには、今まで体験したことのない、深い、深いものを感じました。おそらく、青白い煙りはボイラーの煙りで、灰色の煙りは亡骸を焼いたあとの煙りなのでしょう。生まれてから何十年もかけて成長・成熟・老いを重ねた肉体が体験した時間と比べると、「瞬間」としか言い様のないこの時、天に向かってまっすぐに湧き上がる煙りは肉体的にも霊的にも完全に昇天を意味するように思えました。
それでは、この煙りはどこに消えるのでしょうか?
私は、その大部分が木に吸収され、再び成長し続けると考えます。そして、例えば木の家を建てることを想定すると、肉体→煙り→樹木→柱・土台という変化を遂げ、私達はいつも先人の肉体に囲まれて生活することになります。よく、「ご先祖様がお空から見とってやから、悪いことでけへんで。」と言いますが、こう考えると、すぐ傍で見られているような気がし、より説得力があります。また、このことは、「人間、死んだら骨になるだけ。」というのは間違いで、色んな物に形を変え、子孫のために貢献しているということを意味すると思います。

薪ストーブで薪を燃やすことと、火葬場で亡骸を焼くこと。比較するにはあまりにも次元が違い過ぎますが、物体の変化を劇的に実感する道具として、薪ストーブは最適な道具ではないでしょうか。
(2003.11.5)

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15.皆さんありがとう。(^_^)

最近2ヶ月は、私と親父が交代で週末ほとんど配達可能地域の配達に回っていました。皆さん、都合をつけていただき、また、降ろすのを手伝っていただき、本当に感謝しております。
インターネットというバーチャルな手段で巡り合ったにも関らず、お会いして色々話をしてみると、以外なところに接点があることが多く、「世間は狭いな。」とつくずく感じます。インターネットで薪を購入していただき嬉しいのはもちろんですが、それ以上に、お会いして色んなお話をするのがそれ以上に配達の楽しみでもあります。薪ストーブと巡り合った経緯、失敗談、新築の体験談、ご夫婦の微笑ましい会話、中には小さいお孫さんに「おじちゃん、これ何の木?」と質問されたり・・・。いつも本当に楽しく、すがすがしい気分で配達に回らせていただいております。
ただ、配達の時にひとつ心配事があります。実は、どうも私(親父はどうかわかりませんが)は対人が下手のようで、妻によく「おとうさんは、いつも深刻な顔でおどおどして話しかけるから、相手が1歩身を引いてしまうよ。ただでさえ髭が濃くて顔色が悪いんだから。もっと笑顔ではっきり喋らないと!」と注意されます。その直後は、「よし、笑顔で行こう!」と顔を引きつらせて笑顔で決意するのですが、いざ人に会うと、やっぱり深刻になってしまうようなのです。ですから、これから始めて配達に回った時にお会いする方は、決して私は不機嫌でいたり具合が悪いわけではありませんので、安心してください。また、作業場の方へ直接来られる方も、気軽に声をかけにくいかもしれませんが、「インターネットで見ました。」と一言添えていただければ少しは人相が緩むと思います。私はメガネをかけており、作業場では昔の中国のお坊さんのような溶接帽をかぶって仕事をしていることが多いです。
今シーズンもまだ配達が残っています。皆様にご迷惑をおかけしないよう、安全運転で青いトラックで乗り付けますので、楽しみに待っていてください。(2003.10.19)

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14.火星ブーム

最近、火星が地球に大接近するということで、世間の目が宇宙に向けられています。私自身、幼いころから天文少年でしたので、このような天体ショーにはいつも胸を躍らせています。随分昔の話になりますが、小学校2年生くらいの時に叔父にプラネタリウムに連れていってもらってから、天体観測を趣味とするようになりました。晴れた夜は、毎晩のようにベランダから夜空を眺めていました。悲しいことがあっても、「この広大な宇宙の営みに比べれば、自分の悲しさなんか、微塵もない。」とすぐに開き直ることができました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、夜空に輝く星は、太陽系の惑星以外、ガス爆発により全て自分で熱を発し、光り輝いています。青い星は光を放ちはじめた若い星、赤い星はまもなく爆発が止まり死んで行く星です。ちなみに、我が太陽系の太陽は、青年から壮年といったところだそうです。ここまで書いて素晴らしいことに気が付きました。

「夜空に広がる果てしない大宇宙。静かにキラキラと輝いて見える満天の星は、実は激しく炎を上げて燃え盛る火の玉。ふと部屋に視線を戻すと、そこにはゆっくりと炎を揺らめかせて薪が燃えている。きっと星の表面はこんなふうに熱いのだろう。私達が薪ストーブの炎に惹きつけられるのは、全ての源である母なる太陽の記憶が奥深くに潜在しているからかもしれない。」

皆さんも、こんなふうに薪ストーブの炎を見つめてみてはいかがでしょうか。いつのまにか夢の中で毛利さんのように宇宙遊泳をしているかもしれませんね。(2003.9.2)

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13.幻の薪ストーブ

事情により、検討中のマイホームには薪ストーブを据えることができなくなりました。それを知ったときは、さすがに、「・・・・・・・」数分はボーっとしてしまいました。でも、落ち着いて考えると、私たちは知ろうとすればするほど薪ストーブの良さを発見し、黒箱の中の炎に憧れ、頭の中では「全てにおいて最高の暖房器具」がキラキラと輝くのですが、今の薪ストーブのことを全然知らない人や昔の人には、「火事が怖い」とか「野焼きのように煙が出て迷惑」とか思われてもしょうがないかもしれません。
結局、「憧れの薪ストーブ」は「幻の薪ストーブ」になってしまいましたが、これからは、私の憧れを、薪を買っていただいたお客様の薪に託してゆきたいと思います。そして、私の分まで薪ストーブライフを楽しんで頂きたいと思います。(2003.7.17)

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12.C型肝炎に克つ

私の父は、27歳の頃、腎臓結石のため腎臓を片方失いました。このときの手術で輸血した際、C型肝炎に感染してしまいました。感染がわかったのは、10年程前のことでした。そして、ついに5年前発病しました。私が工場を手伝い始めてすぐで、「肝臓が痛いので帰る。」と言って、入院してしまったのを覚えています。それから2ヶ月くらい、見る見るうちに肝臓に影が増え始めました。肝臓ガンに進行していたのです。そのことを、母が母の姉に相談したところ、「大阪の八尾に、甲田先生という偉いお医者さんがいる。」ということを教えてくれました。甲田先生は、食事療法を得意とされており、父も、先生に勧められる食事をすることにより、すこしずつ肝臓の白い影が消えてゆきました。一言に「食事」と言いましても、なかなか作るのも食べるのも大変なもので、父の食事を見た人は、口を揃えて、「こんなもんは食えんし、よう作らん」と言います。その甲田先生が、先日父に「東京で、『千百人集会』という催しがあるので、参加してくれないだろうか?」と声をかけられ、父も集会に参加してきました。「千百人集会」とは、「ガンを治した百人」と「治したい千人」が、2日間徹底的に語り合う祭典のことで、NPO法人「ガンの患者学研究所」が主催で行われました。父も、百人のうちの一人として、舞台で発表したそうです。なかなかこの食事は続けることが難しいようで、一緒に仕事をしていると、不平・不満ばかりですが、このことに関しては、「父は偉いな。」と頭が下がる思いです。千百人集会については、http://www.emile.co.jp/kanjagaku/をご覧下さい。きっと貴重な情報が見つかると思います。(2003.5.19)

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11.夢のマイホーム

ついに、夢のマイホームを実現させる決意をしました。現在、家賃6万円の借家に住んでいますが、どう考えてももったいない気がしてなりません。計算すると、1年で72万円、10年で720万円になります。現在、工務店や不動産屋2、3社に物件を探してもらっています。土壁に国産の木材を使った木造住宅を想い描いています。もちろん、マイホームには薪ストーブを入れます。妻も大賛成で一安心。カタログも取り寄せて、思い出すたびにパラパラめくって楽しんでいます。何よりも、私自身が薪ストーブに接することが、より良い薪の販売につながると考えています。施工の様子などは、別途ページを設け、写真付きで紹介する予定です。乞うご期待!(2003.5.8)

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10.森林バイオマス

先週の日曜日、京都市内で開催された「森林バイオマスについて考える」という討論会に出席してきました。前半は、ペレットストーブのお話でした。ペレットとは、おがくずや樹皮を高圧で圧着したもので、鉛筆ほどの太さで長さは2cmから3cmほどの木質燃料のことです。岩手県では、4年前からペレットストーブの普及に県をあげて取り組んでいるということで、現在では、おがくずを原料とするペレットの製造や、岩手特産の「南部鉄器」を取り入れた「岩手型ペレットストーブ」の製品化までこぎつけているそうです。岩手県の調査では、林地残材や製材残材を合わせると、約8万世帯分の暖房を供給可能ということでした。会場ではペレットストーブの実演も行われました。上部から温風が吹き出ており、無臭のファンヒーターという感じでした。後半は、主に京都府内を活動拠点とする各種環境団体による討論会が行われました。この中で、私が「うん、うん。」とうなずいてしまった言葉を紹介しましょう。

・森林バイオマスについて考える時、エネルギー論に終始してはいけない
薪にしろ、ペレットにしろ、単に、「1kg当りの熱量は○○calで、灯油とくらべると・・・」といった議論が中心になりがちだが、森林エネルギーを利用する場合は、エネルギー換算だけでなく、それを利用することにより、人と人との和(輪)が生じ、健康を享受でき、豊かな水と美しい空気に恵まれる・・・そういった間接的なプラス要因を受け入れることができて、はじめて利用可能なエネルギーとなる。
・地域循環型の資源であるべき。
「川上(かわかみ)」、「川下(かわしも)」という言葉のとおり、木材を効率よく利用するには、できるだけ流域地域内で生産消費することを常に念頭に置いておかなくてはならない。近くの山で木を切り、近くの製材工場で加工する。廃材はペレットやチップにして燃料とする。木を切ったあとには、三世代先の子孫のために植林する。そんな気長な思考が森林資源を有効に利用するには必要不可欠である。

今私たちに必要なのは、一人ひとりが「スローライフ」を受け入れる器(うつわ)を持ち、その人たちがネットワークでつながることにより、森林エネルギー利用を実現可能とすることかもしれません。(2003.2.9)

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9.今も昔も堅木屋

「堅木屋」とは、私が独断で付けた名前です。誰から聞くのか知りませんが、よく「でだっつぁんはカタギ使とってんかいなあ?」と、見知らぬ人から電話がかかってきますので、そこらへんから(堅木屋がいいかな?)ということで決めました。他にも、「薪屋」とか「樫屋」とか考えましたが、「薪屋」はありふれていそうだし、「樫屋」はお菓子屋さんみたいだし、やめておきました。とある日、親父が「浩之、お前ええ名前つけたなぁ。」と言うので、「なんで?」と聞き返すと、「わしのおじいさんがこの仕事始めたときの商号が『カタギヤ』やったんや。舞鶴では、『カタギヤです』いうて人に言うたら、『ああ駅前のでだっつぁんかいな。』ゆうて、一発でわかってくれよったで。」と答えてくれました。それを知って、「ひいじいさんの精神が、僕の中にもちゃんと宿っているんだな・・・。」と、大げさかもしれませんが、少し嬉しくなりました。正式名称は「堅木屋ドットコム」ですから、「カタギヤ」の現代版というところでしょうか。(2002.12.22)

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8.かしぐね

今日のひるどき日本列島(NHK12:45より放送)で、群馬県の「かしぐね」が紹介されていました。かしぐねとは、「樫」と「ぐね(いけがき)」を合わせたもので、空っ風から冬の生活を守る高さ最大8mにも及ぶ樫の塀のことだそうです。今、伸び放題の葉の手入れをする時期で、これをしないと正月が迎えられないと地元の方がおしゃってました。それにしても、剪定をする職人さんは超人的です。自分の足の長さに合わせて作ったはしごに、命綱なしで「シャッ」「シャッ」と時には身を投げ出しながらひたすら作業されます。もひとつすごいのが、アシスタントの岡田理江さんが、同じように命綱なしで上がってレポートされていました。その後二人はどうなったか・・・?私は、これ以上見ていられないので、席をはずしてしまいましたが、あとでうちのおじいさんに聞くと、二人とも無事地上に降り立ったそうです。(2002.12.2)

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7.木工大好き

我が家には、杉の木端で作ったオリジナル家具がいくつかあります。妻が、「こんなの欲しいな・・・」というものを、できるだけ作るようにしています。一つずつ挙げてみますと、布団台、衣文掛け(えもんかけ)、洗濯籠を置く台、電子レンジの上に置く台、紙芝居の枠などです。中でも気に入っているのが、衣文掛けと紙芝居の枠です。衣文掛けは少し凝ってみて、ほぞを掘ったりして結構本格的にやってみました。紙芝居台は、はじめて図書館で紙芝居を借りたとき、注意事項に「紙芝居は、必ず紙芝居枠を使って下さい。紙がぺらぺらすると、子供の気がそれたり臨場感がなくなったりして紙芝居の効果が半減します。」と書いてあったので、(それなら本格的にやってみよう・・・。)と思い立って作りました。これが、結構子供に受けて、毎晩のように紙芝居大会が開催されています。
さて、次は何を作ろうかな?(2002.9.9)

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5.そりになったブナの木

 皆さんは、そりになったブナの木という創作絵本をご存じでしょうか?昔、背が低くて鳥も止まらないのを悲しんでいたブナの木が、いくつもの季節を過ぎて立派な成木になったある冬、大きなのこぎりできこりに切り倒されてしまいました。ブナの木が気がつくと、板ぎれにされ、きこりの子どもたちのそりに組立てられていました。そして、そりになったブナの木は、立ちんぼうだった昔と違い、野山を駆けめぐるようになりました、というお話です。
 この絵本は、私が確か小学校低学年の頃だったと思いますが、よく母に読んでもらった記憶があります。今でも、小さいながらも「切り倒されてしまうなんて、ブナの木がかわいそうだ。」と感じたのを覚えています。最近、それを思い出して、息子の5歳の誕生日プレゼントに同じ絵本を買うことにしました。何度かこの本を読んであげたある日のこと、庭に立っている杉の木を指差して、「あれブナの木?」と聞いてくるので、「あれは、杉の木だよ。木にもいろいろあるんだよ。」と教えてあげました。少しでも、木に興味を持ってくれて嬉しかったです。
 ちなみに、私はこの本を「丸善インターネットショッピング」で購入しました。便利ですのでよく利用します。詳しくは、下記アドレスにアクセスしてみてください。(2002.6.30)
http://www.maruzen.co.jp/

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6.椅子の美術館

先週の土曜日、近くの田中家具さんに衝立やムクのテーブルを見に行きました。買うつもりはないので少し入り辛かったのですが、販売員の女性の方がいろいろと詳しく教えて下さいました。欅の一枚板テーブル、樹齢何千年の屋久杉の衝立など、圧倒されるものばかり並んでいました。今では、屋久杉は切株を切るのでも年何回という枠があるそうで、なかなか市場には出回らないそうです。「奥にもまだありますよ。」と案内された部屋には、社長と奥さんがいらして、変わった桜のテーブルで書物をされていました。そのテーブルの裏話などで盛り上がってきたところで、社長が「時間がよろしければ、どうぞ別館にも」と案内して下さるので、お言葉に甘えて連れていってもらうことにしました。そこには、おびただしい数の椅子が数階にわたって展示されていました。エリザベス王朝時代の椅子、ガウディ設計の椅子、清朝が外交上の要客をもてなすための紫檀のテーブルセットなど、社長が30余年にわたって収集されたそうです。椅子コレクターの方は、ぜひ行って見て下さい。詳しくは、家具の田中まで問合せてみて下さい。きっと楽しんでいただけると思います。(2002.8.1)

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4.いろんな木に囲まれて

樫だけでなくいろんな木を扱っています。今日は、それらを紹介しましょう。

白樫
(シラカシ)
科名 ブナ科
用途 鉋台、とび・ハンマー等の柄、ドラムスティック、カケヤ等
特色 非常に堅くて重い。赤樫、ウラジロ樫、ウバメガシなど種類も豊富。オガ粉で手をこすると、肌がつるつるになります。木が大きくなると、なかじんに模様が入りますが、断面が牡丹の花にそっくりなことから「ボタン」と呼んでいます。この部分は一番堅く、カケヤの頭などに用いられます。

(ケヤキ)
科名 ニレ科
用途 餅つきの杵の頭、一般木柄、建築資材(りん木等)
特色 木目が非常に美しい。辺材(しらた)は軽くてすぐ傷むが、心材(赤身)は堅くて重い。小口に親指の先程の穴が開いていることがありますが、これを「てっぽう」と呼び、このような木は市場で絶対買わないようにしています。

(ホオノキ)
科名 モクレン科
用途 一般木柄、彫刻原版等
特色 非常に軽い。樫を製材したあと朴を製材すると、ほっとします。が、目が粗いため、鋸がすぐ切れなくなります。燃やすとバチバチ喧しいし、全然暖まりません。朴の木炭で焦げたなべをこすると焦げがよく取れるらしいです。
小楢
(こなら)
科名 ブナ科
用途 木槌の柄など、一般木柄
特色 樫ほどでないですが、重たい木です。うまく表現できませんが、樫は「真剣」重いですが、ナラは「鈍く」重いです。切ったとき、なんとも言えない芳醇な香りがします。私はこの匂いが大好きです。
山桜
(ヤマザクラ)
科名 バラ科
用途 左官道具の柄・握り
特色 欅より少し軽い木で、黄色味を帯びています。以前、桜の皮を煎じて飲むと咳が止まると聞いて、嫁さんにやってもらいました。私も少し口に含んだのですが、非常に苦くてとても飲めるものではありませんでした。効用の方は、確かにあったようです。

主に以上の樹種ですが、このほかにもシデ、杉などがあります。
おもしろい木があったら、その都度ご紹介します。(2002.6.4)

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3.憧れの薪ストーブ
 現在、私たち家族は一軒家の借家に住んでいます。したがって、薪ストーブを設置することは不可能に近いのです。でも、あの箱型薪ストーブが欲しい・・・。今、ひそかにたくらんでいるのが、化粧品店に設置するという計画です。エアコンでは乾燥しすぎるし、ファンヒーターでは少し物足りないし、お客さんが見たら、受けること間違いなし!とか言って、妻をを説得するつもりです。とは言っても、そう簡単には実現しないでしょうね〜。
 でも、もし将来自分で家を建てたとしたら、絶対に主暖房は薪ストーブにします。そして、木枯らしの吹く日曜日の午後は、憧れの薪ストーブとともに夢の世界へ旅立つでしょう。(2002.5.11)


〜Dan〜
お気に入りのアンティークルーム。
少し濃い目のブラックをすすりながら、ストーブの炎を見つめる。

何も考えない時間。
目を閉じて耳を澄ましてみる。
聞こえるのは時を刻む音と、地鳴りにも似たストーブの鼓動。
「・・・・・・・」
人の気配で目が覚める。
『お父さん、薪足しときましたよ。』

もう少し暖まることにしよう。せっかくの休日だから・・・。

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2.炭焼体験
 樫の木端で炭焼きをしたことがあります。炭焼きは「大人の火遊び」という言葉を聞いたことがありますが、一言で、炭焼きはおもしろいです。何がおもしろいかというと、材料を入れてふたをしてから釜を冷やして釜出しするまで、煙とにらめっこしながら中の状態を想像するのがなんとも楽しいのです。
 私の場合は、ドラム缶を使って炭焼きをしました。ドラム缶に材料をいっぱいに詰めてふたをし、隙間を粘土で埋めます。次に、口焚きをします。このとき、木の水分がかなり重たい煙となって煙突から排出されますが、この匂いがなんともやわらかいというか、芳じゅんというか、いい匂いがします。炭焼きを体験した人は誰もがこれを実感するようです。2時間くらいすると、煙の温度が上がって、釜の中の材料が勝手に熱を持ち始めます。こうなれば、あとは炭化が終了するのを待つだけです。
 待つこと1昼夜。煙が透明になって、煙突に手をかざすとやけどをしそうなくらい熱くなれば、釜口を完全に閉じ、丸1日冷却します。釜に手を当てて触れるくらいになれば、釜のふたを開けて炭をかきだします。
 以上、簡単に書きましたが、実際は、煙まみれに汗まみれ。本当に、体中真っ黒にしての作業です。昼間はちゃんと煙が出ているか気になるし、夜は火事になっていないか気になって眠れないし、なかなか大変な作業です。それだけに、出来あがりが楽しみなわけです。
 焼けた炭を使って、七輪で手羽元やウインナーを焼いて家族で楽しみました。おかげで、家の中が焼き鳥屋のにおいになってしまいました。さすが素材が樫だけあって、火持ちも良く、これまた先人の生活の知恵の素晴らしさを実感した次第であります。その他、布団台の下に置いたり、部屋の隅に置いたり、おむつバケツの蓋の裏に貼り付けたりして使っています。また、祖父いわく、「掘りごたつに2、3個ほうり込んでおいたら、火持ちがよおて、具合ええんや。」と、実家でも重宝されているようです。
 今年ももう少ししたら釜を据えて、炭焼きをするつもりです。(2002.4.30)

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1.薪のある暮らし
 昭和44年に私がこの世に生を受けた時、世の中は高度経済成長の真っ只中でした。日進月歩の技術開発により、それまでこの世には存在しなかったようなもの、例えば、プラスチックや合成樹脂など、いろんな便利な素材が生まれました。私もその恩恵をたっぷり受けて、大きくなりました。もちろん、今も更なる技術の進歩の中に身をゆだねている状態です
B  そのような状況の中で、33年前、私は製材所を営む父と化粧品店を営む母の間に生まれました。製材所は、私の祖々父が創業して以来、百年近く続いている老舗です。今もそうですが、樫の木から鉋台や織機の部品を作っていました。祖々父が創業したのは明治43年ですから、製材機など世界中どこを探しても存在しなかった時代です。モーターが製材機に搭載されたのが祖父の時代でしたから、それまではどのように木を切っていたかと申しますと、一人が手斧を原木の小口に当て、もう一人がハンマで思いっきり手斧の頭を叩いて形にしていったそうです。また、原木を玉切りするには、「木挽きさん(こびきさん)」と呼ばれる玉切り専門の人が二人いて、両側に柄の付いた大きなのこぎりを引っ張りっこして大きな原木でも楽々玉切りしたということです
 余談が長くなりましたが、このような環境上、樫の薪に恵まれていたわけです。今でも、お風呂は薪で沸かしています。「薪で沸かしたお風呂は、ほんとに体の芯まで暖まりますね。」と、不思議と誰もが口を揃えて言います。その事は、私が高校を卒業してはじめて家を出た時に実感しました。おそらく、薪を燃やしたあと、大きなおきが出来ますが、そのおきは炭を燃やした時のように、眩しいほど明るい赤い光を放って燃えています。この赤い光、すなわち「赤外線」が、お湯はもちろん、体までも暖めてくれるのではないだろうか、と勝手に想像しています
 我が家の場合、薪の使い道はここでは終わりません。おきが灰になってしまう前に、風呂焚き担当の祖父がマメにおきを火消し壷に移し、冬に備えておこた(掘りごたつ)用の消炭にします。寒い真冬でも、朝から夜寝るまで3、4回消炭を足せばじゅうぶん足元の暖はとれます。おこたで薪はついに灰になってしまいますが、灰はざるできれいに振るって混入物を取り除き、袋に入れて大事にとっておきます。樫の灰は白っぽいので、近所の人が線香立て用に時々もらって行かれます。また、畑にまくのに持って行かれる方もいらっしゃいます
B  このように、1本の樫の木は、鉋台となり強靭な鉋刃を支え、薪となりお風呂で家族の体を温め、消炭となりおこたで外仕事で冷え切った足を暖め、最後は仏前に、遂には自然へと帰ってゆきます。ひとつ言い忘れましたが、おがくずは近くの椎茸工場に運ばれ、菌の温床として活躍します。つまり、いろいろと形を変えて全く無駄なく消費されるわけです。このようなライフサイクルを確立した先人には、心底頭が下がる思いがします。(2002.4.27)